わたしがわたしを殺した
わたしがだれかを軽蔑し、わたしがだれかを憎む。
わたしが嘆き哀しみ涙を流して死体に花束を手向けたり、
夜にはわたしがその花を踏みにじる。
それでもわたしが立ち上がって何かを変えようとおもったりする。
綺麗なことばをあつめたくない。
人の皮を一枚剥けば、そこにあるものは変わらない。
わたしが何人も人を殺し、わたしが何人も殺されている。
今日だれも殺さなかったのはだれにも殺されなかったのは、いわば何かの奇跡に近く、今日のわたしの穏やかな幸せは、どちらかといえば、低い確率を勝ち抜いて偶然に得たものだとおもう。
たった1秒ちがう世界では、何人ものわたしが人を殺した。死んだ。だれの問題でもなくわたしの問題だとおもう。
刺された女児と、刺した男と、
— 詩人Z (@poemer_z) May 28, 2019
今ここでたまごサラダをたべているわたしと、
それからべつのニュースでみた孤独死をした女性と、
いろいろな人たちのとの境界が、おとなになってもどうしてもわからないから、それはそれでよかった
武田地球
なにごともこころにまかせたることならば、
— Mighty Jack (@Mightyjack1) May 28, 2019
往生のために千人ころせといわんに、すなわちころすべし。
しかれども、一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。
また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし。
親鸞